聞き覚えのある、独特のイントネーション。ソウル市内で乗ったタクシーの運転手と話していて、ピンときた。「運転手さん、もしかして釜山の出身ですか?」。こちらが日本人と理解していた彼は「よく分かりますね。釜山の近くですよ」と、うれしそうに笑った。
釜山の「サトリ(方言)」は、日本でいえば関西弁のような言葉だ。ソウルの言葉とは抑揚や語尾が全く違うため、韓国人なら誰でもすぐ分かる。しかし日本で大阪弁や名古屋弁に通じた外国人が珍しがられるように、釜山なまりの運転手も少し不思議そうだった。
十年ほど前、私の語学留学先が釜山だった。地元大学のハングル講座ではいわゆる共通語を学んだが、ふだんは当然、釜山サトリに囲まれて暮らした。自然に、耳に残ったようだ。
一年の語学留学を終える間際、日本でいえば東北地方にあたる江原道(カンウォンド)の男性と旅先で言葉を交わしたときには、相手の会話の半分以上が理解できず、大いに落ち込んだ記憶がある。外国人にとっては時に難関になるが、旅先での思い出も、土地や暮らしの匂いを感じられるサトリあればこそだ。 (中村清)
ー東京新聞